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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)4745号 判決

原告

中ミキ

ほか五名

被告

群馬バス株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自、原告中ミキに対し、金一、七九一、二二八円およびうち金一、六三一、二二八円に対する昭和四八年一一月三日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告中盛雄に対し、金一、三七六、二二八円およびうち金一、二五六、二二八円に対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告中ツネに対し、金一、二二六、二二八円およびうち金一、一〇六、二二八円に対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告中ミキ、同中盛雄および同中ツネのその余の請求ならびに原告中律子、同中富雄および同中正雄の請求を棄却する。

訴訟費用は原告中ミキ、同中盛雄および同中ツネと被告らとの間で生じた分はこれを一〇分し、その六を右原告らの負担とし、その余を被告らの負担とし、原告中律子、同中富雄および同中正雄と被告らとの間で生じた分は全部右原告らの負担とする。

この判決は原告中ミキ、同中盛雄、同中ツネ勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは各自、原告中ミキに対し、金四、三九二、九八五円およびうち金三、九九二、九八五円に対する昭和四八年一一月三日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告中盛雄に対し、金四、七二一、七二八円およびうち金四、二九一、七二八円に対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告中ツネに対し、金三、二九二、九八五円およびうち金二、九九二、九八五円に対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を原告中律子、同中富雄、同中正雄に対し、各金五五万円宛および各うち金五〇万円に対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四七年九月一八日午後二時五〇分頃

2  場所 群馬県群馬郡榛名町大字下室町二九二番地の二先道路上

3  加害車 大型乗合自動車(群二い三一〇九号)

右運転者 被告神子沢

4  被害者 亡中融

5  態様 加害車が前記道路上に佇立していた被害者をはねとばした。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告会社は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

2  使用者責任(民法七一五条一項)

被告会社は、被告神子沢を雇用し、同人が被告会社の業務の執行として加害車を運転中、後記過失により本件事故を発生させた。

3  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告神子沢は、前方不注視とハンドル操作不適当の過失により本件事故を発生させた。

三  損害

1  受傷、治療経過等

亡中融は、本件事故により脳挫傷の傷害を受け、八七日間入院して治療を受けたが、昭和四七年一二月一三日死亡した。

2  入院雑費および入院付添料

亡中融は、入院雑費および付添料として一日一、五〇〇円の割合による八七日分として一三〇、五〇〇円を要した。

3  葬儀費

原告盛雄は、亡中融の葬儀費として一、二九八、七四三円を支出した。

4  死亡による逸失利益

亡中融は事故当時七二才で他に賃貸していた土地、家屋の管理をしていたところ、事故がなければ七二才から七六才まで四・一年間就労が可能であり、その間少くとも年間九〇九、六〇〇円の男子平均賃金相当額の収入を得ることができ、同人の生活費は一ケ月三万円と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二、三九八、四五五円となる。

5  慰藉料

亡中融分 四五万円

原告ミキ(亡中融の妻)分 三〇〇万円

同盛雄、同ツネ(亡中融の子)分 各二〇〇万円

同律子、同富雄、同正雄(亡中融の孫)分 各五〇万円

6  弁護士費用

原告ミキ分 四〇万円

同盛雄分 四三万円

同ツネ分 三〇万円

同律子、同富雄、同正雄分 各五万円

7  相続

原告ミキ、同盛雄、同ツネは、亡中融の前記治療関係費、死亡による逸失利益および同人の慰藉料の各債権を、法定相続分にしたがつて三分の一ずつ相続した。

四  本訴請求

よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第三  請求原因に対する被告らの答弁

一の1ないし4は認めるが、5は争う。

二の1は認める。

二の2は過失の点を除き認める。

二の3は争う。

三は相続関係の事実は認め、その余は不知。亡中融の直接の死因は、肺炎腎障害である。

また、亡中融は地代家賃等の不動産収入以外には何らの収入がなかつたものであるから、同人の死亡による逸失利益は存在しない。

第四  被告らの主張

一  免責

本件事故は亡中融の一方的過失によつて発生したものであり、被告神子沢には何ら過失がなかつた、かつ加害車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告らには損害賠償責任がない。

すなわち、被告神子沢は、加害車を運転し、時速約三五キロメートルで、幅員六・三メートルの道路の北行車道の左端から一・四メートル中央寄りのところを北進していた。他方亡中融は、榛名湖を一四時五分発高崎行のバスに乗車し、乗換場所である室田営業所に一四時四二分に到着し、約八分間の乗換時間を利用して、同営業所の道路向側にある郵便箱に自宅向けの郵便物を投函した後、付近の物蔭で小便をし、急いでバス乗場に帰るべく道路を横断しようとして、道路上に飛出した。亡中融が飛出した地点の手前に背の高いコカコーラの自動販売機が置かれてあつたため、亡中融の姿は、道路に飛出すまで加害車からは発見できない状態になつていた。被告神子沢は、前記のとおり運転中、亡中融が道路に飛出してきたのを左斜め前方三・六五メートルの地点に発見し、直ちに右にハンドルを切るとともに急停車の措置をとつたが、衝突を避けられなかつたものである。

以上のように、被告神子沢には過失はなく、本件事故はもつぱらコカコーラの自動販売機の物蔭から道路上の安全を確認せず、道路上に飛出した亡中融の過失によつて発生したものである。

二  過失相殺

仮りに免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生については亡中融にも前記のとおり左右の安全を確認せず道路に飛出した過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

三  損害の填補

本件事故による損害については、次のとおりの名目で被告会社から損害の填補がなされている。右はいずれも本訴請求外の損害に対する填補の名目でなされたものであるが、右の損害費目についても過失相殺がなされる結果生じる過払分は、本訴請求内の損害に充当されるべきである。仮にしからずとしても、被告らは右過払分返還請求権を以て本訴請求債権と対等額で相殺する。

1  治療費 一、一八七、八四〇円

内訳 榛名荘病院 二、八九〇円

国立高崎病院 一、一八四、九五〇円

2  付添家政婦代(交通費、賄費を含む) 二三五、〇〇四円

3  付添家政婦食事代 二七、四八〇円

4  看護婦タクシー代 一、一七〇円

5  おむつ代 一、六三〇円

6  遺体輸送費 二〇一、七四七円

合計 一、六五四、八七一円

第五  被告らの主張に対する原告らの答弁一、二は争う。

三は不知。なお、被告ら主張の治療費等の損害については、被告会社においてこれを全額負担する旨の黙示の合意が原被告間に成立していた。また、右支払は充当すべき債務の内容を明確にした上でなされたものであるから、後日他の債務に充当することはできない。更に、本訴請求債権は不法行為によつて生じたものであるから相殺が許されない。

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4の事実は、当事者間に争がなく、同5の事故の態様については後記第二の二で認定するとおりである。

第二責任原因

一  運行供用者責任

請求原因二の1の事実は、当事者間に争がない。従つて、被告会社は自賠法三条により、後記免責の抗弁が認められない限り、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

二  一般不法行為責任および免責の抗弁について

〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被告神子沢は、加害車(定期観光バス)を運転し、高崎市方面から榛名湖方面に向け、県道安中榛名湖線を西に向つて走行し、時速約三五キロメートルで群馬県群馬郡下室田二九二番地の二先道路上に差しかかつた際、道路を南から北へ横断しようとしていた亡中融の姿を、運転席から進路左斜め前方約四メートルの道路左端部分に認めたので、直ちに急制動と右転把の措置をとつたが間に合わず、道路左端から約一メートル道路中央寄りの地点において、加害車の左前部付近を同人に衝突させ、同人を約二・六メートルはねとばして転倒させたこと。

2  本件事故現場の道路は、歩車道の区別のない幅員約六・五メートルのアスフアルト舗装道路であつて、榛名湖方面に向け一〇〇分の五の上り勾配となつているが、本件事故地点の前後は直線部分であつて見とおし状況は良好であり、同地点の約一三・七メートル東方には横断歩道が設置されていること。

3  本件事故現場の道路南側には、道路に接して、万清飲食店、その西隣りに万清食料品兼雑貨店が立ち並び、同店西北角にコカコーラの自動販売機(幅〇・六四メートル、奥行〇・五一メートル、高さ一・五一メートル)が据付けられ、その傍(東側)に郵便ポストが置かれてあり、そして同店西側は、虫霊塔に通じる石段に至る幅約三・二メートルの通路をへだてて、塀で囲まれた同店方駐車場がある。他方本件事故現場の道路北側は、バスターミナルの広場となつていて、被告会社の各方面行きのバスの発着場やタクシー乗り場とされており、同広場の東側には二階建の被告会社室田営業所の建物があり、その一階部分は、シヨツピングセンターやみやげ物店等として使用されており、その付近はバスの乗降客等の往来がひんぱんであること。

4  亡中融は、榛名湖から、事故当日の一四時五分同所発高崎行の定期バスに乗車して高崎に向い、その途中前記室田営業所バス停留所において一旦下車し、別のバスに乗換えたのであるが、乗換えバスが発車するまでの約五分間の間隔を利用して前記郵便ポストに郵便物を投函し、ついで前記石段の昇り口の西側付近で小便を済ませた後、急いで前記石段に至る通路のほぼ中央辺から、左右の安全を確認することなく、道路に向け小走りで出て行つたこと。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、本件事故現場の南側には道路に接して商店が立ち並んでおり、北側はバスターミナルとなつていて、終日バスが発着し、また定期バスの中継地点でもあるところから、観光客や買物客の乗降がひんぱんであり、本件事故現場の道路はたえず横断歩行者のあることが十分予想されるところであり、しかも被告神子沢は被告会社のバス運転者としてこれを十分認識していたものであるから、同被告が加害車を運転するに当つては、何時でも停車できる程度に減速徐行して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、時速約三五キロメートルで進行した過失により本件事故を発生させたものと認められる。

よつて被告神子沢は、民法七〇九条により本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

そして同被告に過失が認められる以上、被告会社の免責の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三損害

1  受傷、治療経過等

〔証拠略〕によれば、請求原因三の1の事実が認められる。なお被告らは亡中融の直接の死因は肺炎腎障害であるとしてこれを争うが、これを認めるに足りる証拠はない。

2  入院雑費および入院付添費 一三〇、五〇〇円

亡中融が八七日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日一、五〇〇円の割合による合計一三〇、五〇〇円の入院雑費および入院付添費(但し家族付添によるもの)を要したことは、経験則上これを認めることができる。

3  死亡による逸失利益 三、二一一、七四〇円

原告中盛雄本人尋問の結果および経験則によれば、亡中融は事故当時七二才で、他に賃貸していた土地、家屋の管理の仕事に従事していた有職の男子であるから、一か年平均少なくとも一、〇一九、六〇〇円の収入(昭和四七年賃金センサスによつて認められる年令六〇才以上の男子労働者の平均給与額)を得ていたことが認められるところ、同人の就労可能年数は死亡時から四・五年(昭和四六年簡易生命表によつて認められる、七二才の男子の平均余命九年の二分の一にあたる年数)、生活費は収入の三〇%と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を算定すると、三、二一一、七四〇円となる(就労可能年数が短期であるから中間利息を控除しない)。

算式 一、〇一九、六〇〇×〇・七×四・五=三、二一一、七四〇

4  慰藉料

本件事故の態様、原告亡中融の傷害の部位、程度、治療の経過、同人が死亡した事実、同人の年令、親族関係その他諸般の事情を考えあわせると、同人の慰藉料額は四五万円、原告ミキの慰藉料額は二五五万円、原告盛雄、同ツネの慰藉料額は各一五〇万円とするのが相当であると認められる。

ところで原告らは、右原告のほかに亡中融の孫である原告律子、同富雄、同正雄にも固有の慰藉料請求権があるとしてこれを主張するが、亡中融には民法七一一条掲記の近親者もあり、かつ同人と右の三人の孫である原告らとの間には、一般の祖父と孫以上の特別の関係(例えば祖父が孫を親代りに養育していた関係など)があつたことを認めるに足る証拠もないから、右の原告ら三名の慰藉料請求はこれを認容することができない。

5  葬儀費 三〇万円

〔証拠略〕および経験則によれば、原告盛雄が本件事故と相当因果関係のある損害として被告に賠償を求めることのできる葬儀費用は三〇万円であると認められる。

6  相続

原告ミキ、同盛雄、同ツネが亡中融の相続人であることは当事者間に争いがない。したがつて同原告らは、前記第三の2、3および4のうち亡中融分の各債権を法定相続分にしたがつて三分の一宛相続したものと認められる。

第四過失相殺

前記第二認定の事実によれば、本件事故の発生については亡中融にも、道路を横断するに際して右方の安全を確認することなく、いきなり加害車の前面に飛び出した過失が認められるところ、前記認定の被告神子沢の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として亡中融及び原告らの損害の五割を減ずるのが相当と認められる。

そうすると、亡中融の本訴請求内の損害額は前認定の合計三、七九二、二四〇円の五割にあたる一、八九六、一二〇円となり、原告ミキの損害額は前認定の二五五万円の五割にあたる一、二七五、〇〇〇円となり、原告盛雄の損害額は前認定の合計一八〇万円の五割にあたる九〇万円となり、原告ツネの損害額は前認定の一五〇万円の五割にあたる七五万円となる。

第五損害の填補

〔証拠略〕によれば、前記被告らの主張三のとおり、本件事故による損害につき被告会社から亡中融の治療費等の名目で合計一、六五四、八七一円の弁済がなされていることが認められる。ところで〔証拠略〕によれば、右治療費等の損害は、本訴請求外のものであることが明らかであるところ、損害の公平な分担という見地上、右損害についても前記の割合で過失相殺がなされるべきであるから、これから五割を減ずると、被告らが弁済すべき治療費等の損害は八二七、四三五円(円以下切捨)となる筋合である。従つて、右弁済につき後記のような特段の事情が認められない本件においては、過払分の八二七、四三六円は当然本訴請求内の亡中融の損害につき弁済の効果が生したものといわねばならない。原告らは、右治療費等の損害については被告会社においてこれを全額負担する旨の合意が成立していた旨主張するが、右主張事実を認定するに足る証拠はない。また原告らは、右治療費等の支払は充当すべき債務の内容を明確にした上でなされたものであるから後日他の債務に充当することはできない旨主張するが、右治療費等の債務と本訴請求内の債務は、共に一個の不法行為によつて生じた一個の債務であるから、元来民法四八八条以下所定の弁済の充当に関する問題は生じないのみならず、被告会社において右治療費等の支払につき過払分があつた場合他の費目に弁済の効果を主張しない趣旨で弁済がなされたものと認めるに足る証拠もないから、原告らの右主張は採用することができない。

そうすると、亡中融の本訴請求内の損害額は前記のとおり一、八九六、一二〇円であるところ、これから右填補分八二七、四三六円を差引くと、残損害額は一、〇六八、六八四円となる。

第六弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告らが被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告ミキが一六万円、同盛雄、同ツネが各一二万円とするのが相当であると認められる。

第七結論

よつて被告らは各自、原告ミキに対し、一、七九一、二二八円、およびうち弁護士費用を除く一、六三一、二二八円に対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年一一月三日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、原告盛雄に対し一、三七六、二二八円およびうち弁護士費用を除く一、二五六、二二八円に対する前同日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、原告ツネに対し一、二二六、二二八円、およびうち弁護士費用を除く一、一〇六、二二八円に対する前同日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務があり、原告ミキ、同盛雄および同ツネの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、同原告らのその余の請求および原告律子、同富雄および同正雄の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村政策 二井矢敏朗 丹羽日出夫)

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